公益財団法人 日本呼吸器財団
令和5年度研究助成のご報告

移植肺検体からの細胞分離培養と上皮・線維芽細胞共培養系の樹立

研究代表者 東京大学医学部附属病院・呼吸器内科 助教 三上 優 先生

研究成果

研究背景・目的
間質性肺炎、気管支拡張症、肺気腫など難治性肺疾患の病態形成において、上皮、間葉系細胞、免疫系細胞の相互作用が重要である。特に、ヒト由来細胞を用いた初代培養実験系の研究が不可欠である。本研究では、豊富な移植肺検体を活用し、疾患肺からの末梢気道上皮細胞、肺胞上皮細胞の分離培養技術を確立し、上皮・線維芽細胞共培養系の樹立を目的とした。
研究成果
1.初代末梢気道上皮細胞の分離培養
成功率80%以上という高い効率で末梢気道上皮細胞の分離培養・Air liquid interface法での培養を確立した。構造破壊を生じている疾患肺からでも、我々の分離培養手法の有効性を実証できた。疾患肺における、病変の軽度・重度部位での分化度合いの比較解析を完了し、疾患特異的な上皮細胞機能変化の基礎データを取得した。
2.初代2型肺胞上皮細胞の分離培養
Duke大学Tata研究室からの分離培養手法を倣い、正常肺からの分離培養は成功し、alveosphere形成を確認した。一方で、疾患肺からの分離は想定より難航しており、MACS分離後のSFTPC陽性率は正常肺で80%以上を示すのに対し、疾患肺では40-50%と大幅にしていた。病変進行に伴う2型肺胞上皮の量的減少や、transient cell type混入が原因ではないかと推測している。
3.初代線維芽細胞の分離培養、上皮・線維芽細胞の共培養
Outgrowth法を用いて、正常肺および疾患由来肺からの線維芽細胞分離培養に成功した。病変の程度により、線維芽細胞の性質が異なることを見出した。上皮・線維芽細胞の共培養系については、当初予定していたセルカルチャーインサートでは安定しないため、今後セルカルチャーインサートのメンブレンを変えるなどの条件検討を行って、安定した共培養系の樹立に努める。
学術的意義と今後の展望
本研究により確立された疾患肺由来細胞の培養系は、難治性肺疾患の病態解明および創薬研究の新たな基盤技術となりうる。


受賞コメント

肺は気道上皮細胞・線維芽細胞・肺胞上皮細胞・血管内皮細胞・平滑筋細胞などの、多様な細胞種で構成される臓器です。特に重度の間質性肺炎、COPD、嚢胞性肺疾患、気管支拡張症などの病態が進行する場合、肺移植が必要となることがあります。こうした肺疾患のメカニズムを理解するために、患者由来の細胞を用いた研究が極めて有益であると考えています。最近のシングルセルRNAシーケンス技術の進歩により、異なる細胞種は遺伝子発現パターンが異なることが明らかになってきました。このことから、単一の細胞種に焦点を当てるだけでは十分ではない可能性があります。本研究では、肺移植で摘出された疾患肺から細胞を分離し、複数の細胞種の共培養実験系を確立することを目指しています。これにより、疾患肺における複数の細胞の相互作用や機能を詳細に解析することできると考えています。