公益財団法人 日本呼吸器財団
令和3年度研究助成のご報告

悪性中皮腫のフェロトーシス細胞死誘導に基づく治療標的探索

研究代表者 愛知県がんセンター研究所 副所長 関戸 好孝 先生

研究成果

鉄依存性の脂質の過酸化に伴って引き起こされるフェロトーシスは「制御された細胞死」でありがん抑制性の重要な機構である。研究代表者は今までの解析により、中皮腫細胞はフェロトーシスに対して易誘導性であることを明らかにしてきた。すなわち、代表的なフェロトーシス誘導剤であるRSL3は極めて低濃度で多くの中皮腫細胞のフェロトーシス細胞死を誘導する。興味深いことに、一部の細胞株においては低濃度のRSL3は効果を認めず一次耐性を有する。
本研究では、研究代表者が樹立した中皮腫細胞株パネルの中から、フェロトーシス誘導剤RSL3に対して高感受性株6株と低感受性株5株を選択して検討した。これら11株から得られた網羅的RNA発現プロファイルデータを解析し、高感受性群で有意に発現量の高い遺伝子17個, 反対に発現量の低い遺伝子を11個抽出した。これらの遺伝子の中には脂質合成に関与する遺伝子が含まれており、フェロトーシス誘導に対して脂質代謝が関与する可能性が示唆された。次に、抽出した遺伝子について優先順位の高い6個の候補遺伝子についてノックダウン実験を行った。その結果、複数の遺伝子が細胞増殖に重要な役割を果たすことが示されたが単一遺伝子のノックダウンによるRSL3感受性の変化は観察されなかった。そこで、複数の細胞内シグナル伝達系に関わる阻害剤を用いてさらに感受性への影響を検討した。その結果、低感受性株3株のうち2株において、RSL3単剤に加えmTOR阻害剤を併用した際にRSL3感受性が有意に増大することを明らかにした。これら2細胞株は細胞シグナル伝達系であるHippo経路構成因子に変異を有しており、Hippo経路とmTOR経路のクロストークがフェロトーシス誘導に関与している可能性が示唆された。さらに中皮腫細胞株にCRISPR/Cas9sgRNAライブラリーを感染させ、RSL3投与によってセレクションされてくる細胞群についてゲノム解析を行った。これらの解析でフェロトーシスの感受性に関わる候補遺伝子が検出され、現在詳細な解析を続けている。
本研究遂行により今後、悪性中皮腫におけるフェロトーシス誘導に関する新規候補遺伝子が同定され、今後、フェロトーシス誘導を基盤とした治療開発への展開が大きく期待された。


第64回日本呼吸器学会学術講演会での報告


受賞コメント

悪性中皮腫は少数のがん抑制遺伝子の高頻度な変異が認められる一方、がん遺伝子のドライバー変異が稀のため分子標的薬の開発が極めて遅れています。最近、私たちの研究室ではフェロトーシスと呼ばれる細胞死が悪性中皮腫細胞において非常に誘導されやすいことを見出しました。フェロトーシスはアポトーシスとは全く異なった“制御された細胞死”の一つで、そのメカニズムもまだ良くわかっていない点が多いですが、2価鉄依存性の不飽和脂質の過酸化が極めて重要な役割を果たします。本研究では悪性中皮腫細胞において選択的なフェロトーシス細胞死誘導に関与する新たな遺伝子を明らかにし、その遺伝子や遺伝子産物が係るシグナル伝達経路が治療標的として有望であるかどうかを明らかにすることを目的としています。本研究を通じて極めて難治性の悪性中皮腫に対する新たな治療戦略を構築していきたいと考えています。