公益財団法人 日本呼吸器財団
令和3年度研究助成のご報告

Mieap液滴によるミトコンドリア恒常性維持のCOPD病態への関与(カルジオリピンとの関連性も含めて)

研究代表者 東京慈恵会医科大学 呼吸器内科・教授 荒屋 潤 先生

研究成果

p53誘導性タンパク質Mieapはミトコンドリアに存在し、傷害ミトコンドリアで発現が誘導され、ミトコンドリアからのmtROS産生を抑制してミトコンドリアの恒常性維持や品質管理に作用すると考えられている。我々は酸化ストレス及びミトコンドリア障害がその病態で重要な役割を果たす慢性閉塞性肺疾患(COPD)におけるMieapの役割を、mtROS産生及び細胞老化の制御の点から解析を行った。
まず手術肺検体から作成した肺ホモジネートでのMieap発現を検討し、結果COPD肺では非喫煙者由来肺と比較して、有意な発現低下を認めた。また分離培養した気道上皮細胞での検討では、非喫煙群に比べ、非COPD喫煙群とCOPD群での有意なMieap発現低下を認め、COPD群での発現はより低下していた。次に培養気道上皮細胞を用いてCSE刺激を行ったところ、day2をピークとするMieap発現上昇を認めた。Mieapはp53の下流遺伝子であり、CSE刺激はp53活性化を誘導する。CSEによるMieap発現誘導へのp53の関与は、p53 ノックダウンによるMieap発現抑制から確認された。さらにCOPD肺におけるMieap発現低下の病態への関与を明らかにするため、Mieapノックダウンでの検討を行った。CSE刺激によるROS産生はMieapノックダウンにより有意に増加し、またCSE刺激による細胞老化誘導もMieapノックダウンにより有意な亢進を認めた。またMieapのミトコンドリア機能恒常性維持における役割を明らかにするため、Flux analyzerによる検討を行った。CSE刺激とMieapノックダウンは、それぞれ酸素消費速度(OCR)及びATP合成を抑制したが、その抑制はMieapノックダウンした細胞でのCSE刺激により顕著に認められた。Mieapの発現低下のCOPD病態への関与をより明らかにするため、Mieapノックアウトマウスを用いた検討を行った。半年間の喫煙暴露は肺気腫様変化を誘導し、野生型と比べてMieapノックアウトマウスでの有意な増悪を認めた。また気管支肺胞洗浄液による検討では、総細胞数、マクロファージ及び好中球数に関しては、野生型と比べてMieapノックアウトマウスでの有意な増加を認めた。またp21発現などから、Mieapノックアウトマウスでの細胞老化の亢進も確認された。
以上検討から、COPD肺におけるMieap発現低下は、ミトコンドリア障害、ミトコンドリアROS産生、及び細胞老化亢進により病態進展に寄与している可能性が示唆され、COPD病態の一端が解明されたと考えている。しかしながら、Mieapのミトコンドリア恒常性維持における正確な役割や、COPDでの発現低下の機序は明らかでなく、今後の検討課題と思われた。


第64回日本呼吸器学会学術講演会での報告


受賞コメント

慢性閉塞性肺疾患(COPD)病態における細胞老化の亢進に、ミトコンドリア障害が関与すると考えられています。p53誘導性タンパク質であるMieapは、液滴を形成する天然変性タンパク質です。液滴とはタンパク質が細胞の局所に高濃度に濃縮して、液―液相分離により区画される領域のことで、脂質2重膜の仕切りがないため水分子や溶質が原則自由に通過できます。液滴では特定の基質と酵素が濃縮し、それらの結合や酵素反応が効率よく起こるための区画となっており、「膜のないオルガネラ」と理解されています。Mieap液滴は傷害ミトコンドリアで誘導され、ミトコンドリア固有のリン脂質であるカルジオリピン代謝の制御によりミトコンドリア品質管理を担う可能性があります。COPD病態におけるMieap液滴の役割を、ミトコンドリアの恒常性維持及び細胞老化制御の点から検討を行い、病態解明に加えて新たな治療法開発の手がかりが得られるような研究を行いたいと考えております。