公益財団法人 日本呼吸器財団
令和2年度研究助成のご報告

シングルセルRNA-seq解析に基づく肺胞前駆細胞-肺間葉細胞サブクラスター間クロストークを焦点としたCOPDの気腫化加速化因子の同定

研究代表者 宮崎大学医学部内科学講座 神経呼吸内分泌代謝学分野・助教 柳 重久 先生

研究成果

本研究の目的は、有効な治療法がない肺気腫について、「肺胞前駆細胞–肺間葉細胞間クロストークを制御する細胞老化調節機構」という独創的な観点から解明し、同病態に対する根本的治療戦略を創出することである。
2型肺胞上皮細胞(AT2)特異的Pten欠損マウスは高齢期に肺気腫と肺腺癌を自然発症する。疾患発症の責任となる肺間葉サブクラスターを同定するため、未発病期のAT2特異的Pten欠損マウスとコントロールマウスより肺間葉細胞を単離し、シングルセルRNA解析を行った。t-SNE plot解析の結果、未発病期AT2特異的Pten欠損マウス由来の肺間葉細胞では、サブクラスター14がコントロールと比較し5.51倍と突出して増加していた。バイオプリンプロット解析の結果、サブクラスター14ではミトコンドリアNADH脱水素酵素複合体Iの構成分子群(Mt-NDs)が、軒並み発現が亢進していた。以上のことから、AT2特異的Pten欠損により、肺胞間葉細胞クラスターの摂動、Mt-NDs高発現間葉サブクラスター14が出現し、ROS蓄積が生じ、肺気腫・肺癌に至ったと考えられた。
今回発見したMt-NDs発現肺間葉細胞について、ヒト症例肺組織での存在を検証するために、臨床研究を進捗した。実施施設は宮崎大学医学部附属病院、長崎大学病院、目標症例数はそれぞれ①COPD肺癌群15例、②非COPD肺癌群15例、③コントロール群15例とした。研究期間は令和8年3月31日まで、研究登録期間は令和7年12月31日までとした。主要評価項目はCOPD肺癌群とコントロール群間の発癌責任間葉サブクラスターマーカー発現レベルの差異とした。令和3年7月15日に宮崎大学医学部医の倫理委員会に研究実施計画を申請、10月8日に承認された。同年3年12月28日に長崎大学病院臨床研究倫理委員会に倫理審査申請書を申請、令和4年2月21日に承認された。令和4年7月8日に宮崎大学で第一症例目登録(FPI)、令和5年1月31日に長崎大学でのFPIとなった。令和5年8月31日現在、非COPD肺癌群15/15例、COPD肺癌群8/15例、コントロール群5/15例の同意取得と試料収集を完了した。ヒト肺組織からのsingle cell suspension作製技術の確立に成功した(細胞収量:3.0×106以上、細胞生存率95%以上)。


第63回日本呼吸器学会学術講演会での報告


受賞コメント

肺気腫はCOPDの主要な病型です。肺胞実質の消失に伴い、ガス交換面積の進行性の消失をきたします。現在のCOPDの薬物療法は、主に気流制限の緩和を目的としており、肺気腫の進展抑制を目的とした薬物療法はありません。最近私たちの研究グループは、加齢性の肺気腫を自然発症するモデルにおいて、非発症期に2型肺胞上皮と肺間葉細胞両方の遺伝子発現に劇的な変化が生じることを見出しました。本研究では、宮崎大学と長崎大学の二施設のCOPD症例の肺腫瘍手術時の肺組織を用いて、現在解析中のシングルセルRNA-seq結果に基づいた肺間葉細胞分子発現を解析します。本研究の目的は、正常な成体幹細胞ニッチ機構の再構築を焦点としたCOPDの新規治療法の樹立することです。本研究の達成は、臓器リモデリングの普遍的なメカニズムの解明と治療法創出のブレイクスルーにもつながると確信しており、全力を尽くして達成したいと考えています。