公益財団法人 日本呼吸器財団
平成31年度研究助成のご報告

シングルセル解析によるAsthma-COPD Overlap(ACO)の分子病態の解明

研究代表者 大阪大学大学院医学系研究科 ゲノム生物学講座・がんゲノム情報学・准教授 堀江 真史 先生

研究成果『途中経過報告書』

近年、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の約20-50%に喘息を合併すると報告され喘息―COPDオーバーラップ(ACO)として注目されている。喘息の合併がないCOPDと比較してACOは急性増悪や合併症の頻度が高いことが知られているが、その分子病態はCOPD(タバコ煙曝露やエラスターゼ経気道投与)や喘息(ダニ抽出物やオボアルブミン感作)のようなマウスモデルが確立されておらずまだ分かっていないことが多い。申請者らはパパイン(システインプロテアーゼ)の経気道的な反復投与により、好酸球性気道炎症・気道過敏性亢進・肺気腫・肺コンプライアンス上昇が生じることを示し、ACO病態を良好に再現する新規マウスモデルを確立することに成功した(Fukuda K, Horie M, et al, Allergy. 2021)。
申請者はこのマウスモデルを用いてACOモデルにおけるⅡ型肺胞上皮細胞の解析を行った。パパイン投与開始後8週時点で肺を摘出しシングルセルサスペンションを作成し、Magnetic Cell SortingによりCD45 neg/CD31 neg/EPCAM posの分画を回収した。申請者の予備的実験では正常肺ではこの分画に90-95%のpurityでⅡ型肺胞上皮細胞が分取できることを確認していたが、ACOモデルでは肺上皮細胞の障害のためか、高純度かつviabilityが良好な細胞の回収に苦慮した。酵素の種類や濃度、処理時間などの様々なoptimizationを行い、ACOモデルから正常肺と同程度である90-95%の純度でのⅡ型肺胞上皮の回収が可能となった。
シングルセル解析の前段階としてACOモデルにおけるⅡ型肺胞上皮細胞のtranscriptomeの変化をbulk RNA-seqにより確認した(PBS群(N=4) vs パパイン群(N=5))。得られたリード数は平均4000万リード(150bp PE)であった。
Principal Component AnalysisではPBS群とACOモデル群で明らかな分離を確認した。Differentially gene expression解析により、パパイン群では気管支喘息に特徴的なサイトカインであるIl33の発現上昇に加えて、COPDに特徴的なケモカインであるCxcl5やCcl20の発現亢進を認め、ACOマウスモデルのⅡ型肺胞上皮におけるサイトカイン・ケモカインの産生パターンの変化が推測された。さらにKrt5やTp63などのbasal cell markerの上昇をみとめ、ACOの病態において肺胞障害に伴うⅡ型肺胞上皮の異常な分化が起きている可能性が示唆された。
 COVID-19の影響で、マウス実験室の一時閉鎖やCOVID19関連の研究以外が禁止された期間があり、また長期にわたり呼吸器内科医としてCOVID19の診療に時間を費やす必要があったため、研究が一時期完全にストップし、予定より相当遅れている状況である。現在シングルセル解析に向けたライブラリ調整中であり、2021年12月をめどにライブラリ調製、シーケンス、およびバイオインフォマティクス解析を完了する予定である。


第62回日本呼吸器学会学術講演会での報告


受賞コメント

気管支喘息とCOPDの特徴を持つ病態として、Asthma-COPD Overlap(ACO)が近年注目されています。ACOは高齢化社会に伴い患者数の更なる増加が見込まれていますが、気管支喘息やCOPD単独の病態と比較し増悪を起こしやすく予後不良であり、また治療戦略も異なってきます。ACOについてはまだ不明な点が多く、気管支喘息、COPD、ACOの分子病態の類似性や相違点を理解することは極めて重要です。次世代シーケンサーの技術革新により組織レベルでの遺伝子発現変化が網羅的に同定できるようになっていますが、近年単一細胞レベルでのゲノムワイドな遺伝子発現プロファイルができるsingle cell RNA-seq (scRNA-seq)の有用性が注目をされており、嚢胞性線維症の発症に関与すると考えられるionocyteなど、肺の中にも新たな細胞が次々と見つかってきています。本研究ではこの新しいテクノロジーを駆使してACO病態を特徴づけるような細胞の同定し、またACOの治療ターゲットとなるような新しい分子の発見に努めてまいりたいと思います。