公益財団法人 日本呼吸器財団
COVID-19関連研究助成のご報告

多層的オミクス解析によるCOVID-19重症化の病態解明

研究者 大阪大学医学部 呼吸器/免疫内科・特任助教 川﨑 貴裕 先生

研究成果

重症COIVD-19肺炎に対してはステロイドなど抗炎症治療が通常行われますが、適切な治療を行っても病気が進行する「難治化」ケースが依然存在します。このような患者を早期に予測することは、救命のため、また医療資源の適切な配分のため喫緊の課題でした。

血液(血清)は最も簡単に採取できるサンプルですが、アルブミンなど夾雑物が大量に含まれるために未知の分子を探索する網羅的解析には不利でした。最近、血中を流れるエクソソームが、細胞や組織間コミュニケーション手段として機能しており、がんの早期発見や治療への応用が注目されていました。とりわけ、脂質二重膜で囲まれたメッセージカプセルであるエクソソームは、プロテオミクス(蛋白網羅的解析)に有利な理想的サンプル(リキッドバイオプシー)とみなされることから、我々は血清エクソソームに着目し、新規バイオマーカーの探索を試みました。

我々は、COVID-19患者の血清エクソソームの最新のプロテオミクス(蛋白網羅的解析)を駆使したアプローチにより、3046種類の蛋白の中から新規バイオマーカーの同定に成功しました。中でも、DNAを核内に折りたたむヒストン蛋白の一種MACROH2A1はステロイド治療抵抗例を予測する診断能があることが分かりました。さらに、血中の免疫細胞、および肺組織中の種々の細胞におけるシングルセル解析(一細胞レベルの遺伝子発現解析)を行ったところ、抗ウイルス免疫で重要な単球※5において、同分子が顕著に増加していました。これらプロテオミクスとシングルセル解析の統合解析から、重症COVID-19の病態に対して、肺および血液に含まれる単球でのMACROH2A1の働きが関与している可能性が考えられ、増加したMACROH2A1が血中のエクソソームで捉えられることが示唆されました(右上図)。

本研究成果により、治療抵抗性となるCOVID-19難治化を、血液サンプルから簡便に予測できることが期待されます。これにより、そのようなハイリスク患者に対して早期に重点的な治療、監視を行うことが可能になり、重症患者の救命に役立ちます。さらに、本発見から見出された新規バイオマーカーは、重症COVID-19病態形成と密接に関わるため、新規治療薬開発に繋がることも期待されます。


第64回日本呼吸器学会学術講演会での報告


受賞コメント

ワクチンの普及や治療薬開発をもってしても、いまだに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は全世界で蔓延し、医療現場のひっ迫状況は深刻です。COVID-19患者の大半は軽症で収束するので、重症化を事前に予測できる診断マーカーがあれば、重症予備群に注力した経過観察が可能となり、限られた医療資源を有効活用できます。近年、次世代シークエンサーや質量分析器などの技術の飛躍的な進歩により、ゲノム・エピゲノム・トランスクリプトーム・プロテオーム・メタボロームなどの網羅的解析(オミクス)によるビッグデータから生命現象の全体像を捉える試みが盛んになってきています。そこで本研究では、そのようなマルチオミクスを活用してCOVID-19肺炎重症化のメカニズムに迫り、重症化予測に有用な画期的バイオマーカー探索および病態解明に挑戦していきたいと考えております。