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研究者 九州大学病院 呼吸器科・医員 神尾 敬子 先生
申請者は以前に、合成二本鎖RNAのpoly I:Cを経気道投与した感染モデルマウスとヒト初代培養気道上皮細胞 (PBEC)において、選択的phosphoinositide 3-kinase (PI3K)δ阻害剤がIFN調整因子3のリン酸化を促進し、poly I:Cによる抗ウイルスインターフェロン(IFN)応答をさらに増強することを報告した (Fujita A et al. Front Immunol. 2020)。
共抑制分子PD-L1はウイルス由来二本鎖RNAの認識により感染細胞上に発現が誘導され、ウイルス特異的細胞障害性T細胞の活性化を抑制することで感染の遷延化に関わることが知られている。同様に二本鎖RNAにより発現が誘導されるPD-L2の感染時の獲得免疫に対する働きは十分に解明されていないが、PD-L2はCD4陽性T細胞を活性化させ、PD-L1/PD-1結合を抑制することで病原体の排除を促進するとの報告がなされている。そこで今回、poly I:C刺激もしくはヒトメタニューモウイルス感染させたPBECにおけるPD-L1およびPD-L2発現に対して、外因性のIFNまたは選択的PI3Kδ阻害剤が及ぼす効果を検討した。結果、IFNおよびpoly I:CはPBECのPD-L1およびPD-L2発現を相加的に誘導した。また気道上皮細胞へのウイルス感染により誘導されるPD-L1発現は選択的PI3Kδ阻害剤により抑制されるのに対し、PD-L2発現はPI3Kδ阻害剤により産生が増加したIFNを介してさらに増強されることを明らかにした。すなわち、気道へのウイルス感染時にはPI3Kδを介した自然免疫 (IFN応答)と獲得免疫 (PD-L1、PD-L2を介したT細胞の制御)のクロストークがあり、PI3Kδ阻害剤は自然免疫・獲得免疫両面からウイルスの排除に対し促進的に作用する可能性を示した。本成果は2021年11月25日付けで国際免疫学会連合の学術誌Frontiers in Immunologyに掲載された。
また肺ウイルス感染症に対するPI3Kδ阻害剤のex vivoでの効果を検討する目的に、振動刃ミクロトームを用いてマウス肺より200~500μm厚のprecision-cut lung slices (PCLS)を作成し、PCLSの5日間の培養後も高い細胞生存率を保つmethodsを確立した。ヒトメタニューモウイルスがPCLSへ感染・増殖が可能であり、IFN応答を誘導することを確認した。引き続き、PI3Kδ阻害剤のex vivoでの抗ウイルス効果の検討を行う予定としている。
呼吸器系ウイルス感染症は、空気・飛沫・接触感染の多彩な感染経路を介し、インフルエンザウイルスやCOVID-19感染症のようにパンデミックをしばしば引き起こします。流行するウイルスを事前に予測することは困難であり、また流行後のウイルス特異的なワクチン・抗ウイルス薬開発には時間を要することから、それらの人類社会への影響は甚大です。我々はPI3Kδ阻害剤が、2本鎖RNAにより誘導されるインターフェロン応答を増強し、in vitroにおいてヒトメタニューモウイルスの増殖を抑制することを報告しました (Fujita, Kan-o et al. Front Immunol. 2020)。そこで本研究では、ex vivo培養下に肺ウイルス感染時の免疫応答やウイルス増殖能に対するPI3Kδ阻害剤の効果を詳細に検討することで、汎用性が高くかつ副作用の少ない抗呼吸器系ウイルス薬開発への寄与を目指しています。